Tattvabodha Viveka

1/15/2016

Tattvabodha (Tattvabodhaのクラスを受けてくださった方々のための、Pujya Swami Dayananda Sarasvati jiの講義を基にした日本語解説文です。ワード・バイ・ワードの訳ではありません。)

Viveka
Vedantaには2つの考察方法があります。一つはVicara、もう一つがVivekaです。Vivekaとは理解するべき対象物がごちゃ混ぜになっていて、混乱している考えをきちんと整理して物事を他のものと正しく識別することを言います。また、識別された理解のこともVikekaと呼びます。
まず初めに識別しなくてはいけないのは私が本当に求めていること(Purushartha)は何かということです。
pu;aRwR ivvek
私たちの日々の生活は数々のwantから成り立っているようです。何か欲しい、何かになりたい、どこかに行きたい、誰かと一緒にいたい、などのwantは数限りなくあるようです。しかし、よく考察してみるとすべてのwantの根底にあるのは
「今のままでは自分自身を受入れられない、満足できないから、変わりたい」という自己否認があります。この状態をApurnaと呼びます。
通常私たちはこれらのwantを何かしらの形で満たし、成功や満足を得ると思ってしまいますが、それらは単なるApurnaの現れでしかありません。その証拠に、これらのwantはAprurnaな私がいる限り常に付きまとうのです。また、このことに気付いたのなら、一時的に欲しいもを得たとしても、根本的なこの根本的な問題に気づくことはとても重要で、このことに気付けたので、ArjnaはKrsnaから教えを得ることが出来たのです(BhagavadGita)。そのことをここでは
Nitya Anityaという言葉を使って説明しています。
Anitya(限りのあるもの)すなわち私たちの身の回りにあり、wantの対象物になり得るものです。そして、それらは決して根本的な問題を解決してくれないものです。ここでのVivekaはそれらのものと、私が本当に欲しいものであるNitya(限りのないもの)の識別をすることがVivekaと説明されています。私の欲しいものは数々のwantを一時的に満たすだけのAnityaではなく、Apurnaから自由にしてくれるNityaだと知ることがVivekaなのです。
Apurnaから自由にしてくれるNityaとは何でしょう?Mokshaです。Mokshaを得るためには外的要因ではなく、ただただ知識が必要ということを知ることも重要です。そこにもVivekaが必要で、そのVivekaのことをPramana Vikekaと呼びます。
自分が本当に欲しいものがはっきりしたのなら、それを得るために必要ではないものに自然と見切りをつけることが出来ます。それがVairagyaです。

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